ハウリンの雑念だらけで生きている

がん闘病中。リンパ腫です。日々雑念と戦ってます。ゆるゆると書いていきます。

バンコクで部屋を借りてた時の話し


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バンコクのソイ(通り)の奥の画像

こんにちは、ハウリンです。

最近暇で、ふとバンコクにいた時の事を思い出しました。

かなり前の話しですが楽しかった思い出。

そして、あの頃ちゃんと感謝出来てなかったので今更その気持ちでいっぱいです。

 

バンコクでアパートを借りて半年ほど住んでいた事があるので思い出して載せて見ます。

たった半年、されど半年。

ろくにタイ語も話せない自分が借りれたのには協力者がいたから。

懐かしいです。

 

 

その頃私は、知り合いがいたので間借りしながらいろんな事してました。

習い事しに行ったり飛び歩いていた日々。

 

そんな中知り合ったタイ語が話せる日本人と、タイ人。

みんなで日々過ごしていく中で、急にアパートを借りてみようという話しになりました。

 

と言っても私にはどうすればいいのか全く分からなかったのですが、友達がいろいろ動いてくれました。

 

何カ所か見に行ったりしたのですが、中心部から離れている所は女性1人住むにはちょっと危険。

昼はいいけど。

という事で、スクンビット地区の駅から近い所を選びました。

 

行動するのにも便利なワケですが、その分家賃は高め。

でもまぁ、あの頃の自分は楽観的で、家賃以外そんなにかからないからと部屋を借りました。

今思えば、書類の中身もよく分からないままよくサインしたなと思いますが(^^;)

バンコクの町

 

オーナーは中国人でした。

 

部屋は5F。

エレベーターなし。

鍵は小さな南京錠しかない。

部屋には大きなベッドとクローゼットにテレビ。

シャワーしかなくしかもお湯は気持ち程度の温度(そもそも暑いので大丈夫でした)

バルコニーがあり、中心街とは思えないほど緑に囲まれていた。

キッチンは当然なかったけど、これも屋台で安く食べられるのでOK。

洗濯機がなかったので買いに行く事に。

あと、小さな南京錠じゃダメだろうと大きいのを買いに行きました。

今では考えられないですね。

 

洗濯機探しも自分1人では出来なかったですが、タイ人の知り合いが取り付け手配までやってくれ本当にコップンマーカーでした。

バンコク バミー(ルンルアン)の画像

この部屋にいる間に日本から友達が何人か遊びに来てくれ楽しかったです。

洗濯機は安定してなくて回す度にガタンガタンと動きまくってる。

それすら面白かったし、

夕方、公園まで無料のエアロビをしに行くのが習慣でした。

テレビはタイ語なので必然的に見なくなり早寝早起きに。

 

ただ、水道光熱費がそんなに使ってないハズなのに高めだったのが気になる所でした。

バンコクのベンチャシリ公園

わりと大きめのアパートには謎の人達が住んでいて(私含む)

タイ人と特に白人が多く住んでいてエレベーターで2人きりの時はちょっと緊張しました。

中心部とはいえ外を女が1人21時以降出歩くのは気をつけた方がいいよと言われてましたし。

今はどうなんでしょうか?

昔は中心部でも大きい道から伸びるソイの奥はひっそりしてましたけど。

緑が多くて好きな場所でもありました。

 

アパート生活は私が急遽日本に帰る事にしたので半年ほどで終わりを告げたのですが

解約も友達がやってくれました。

結構オーナーともめたそう・・・

本当に申し訳なかったと思います。

あの頃の私はかなりいい加減な人間でした(今でもですが・・・)

周りの人間に恵まれてましたね。

今更お礼をちゃんと伝えたい気持ちです。

 

バンコクでの日々は(アパート生活やそれ以外の事も)とても大切な思い出です。

定期的にバンコクには行きたいと思ってますが、

今はまだコロナでなかなか行けない状況。

早く自由に海外旅行行ける様になるといいですね。

 

それでは、最後まで読んで頂いてありがとうございました。

いつもありがとうございます。